PERTICAさん、こんにちは①

世田谷代田という街。この街は不思議な街である。

下北沢という全国区でメジャーなエリアの隣街であるのにも関わらず

・・・誰も知らない。

気を抜くと不動産情報にも下北沢と紹介されているのである。

・・・だが、最近何故か世田谷代田が面白いと巷で噂になっているのだ。

なぜ?

それは例えば、こんな素敵な飲食店ができたことが

きっかけだったりするのかも。

ダイタデシカ、のご近所さんたちを、不定期に気分次第でご紹介する新コーナー

「○○さん、こんにちは」

記念すべき第1回目は、ポプラさんの2軒隣に昨年9月開店した

燻製バルPERTICA(ペルティカ)さんをご紹介いたします。

インタビューにご協力いただいたのはPERTICAオーナーの

片桐 晃さん

「ひとりでもふらっと気軽にと入れてしまう」「ご飯もお酒も美味しいし、お手頃」と

ナイスな噂が後を絶たない代田に出来た新店の中の人は、

「一般的な飲食店の人らしからぬ」爽やかな思想と行動力。

そしてチョット変わった経歴を持った爽やかな28歳の若人でした。

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○PERTICAさんこんにちは○

PERICAさん

片桐さんの出身は茨城の水戸

高校までは、茨城にいて大学進学と同時に上京しました。

専攻の経営学を勉強しつつ、アパレルでバイトをしつつ。まぁ普通の大学生でした。

でも時間が経つにつれて「飲食店を経営してみたいな」っていう想いがね。なんとなくあったんですよね。

新社会人デビューはアパレル専門の派遣会社の営業。楽しく仕事はしていたんですけれど

なんかつまんないと思って4ヶ月で辞めました(笑)典型的なアレなんですれけれど。

でも辞めるときには飲食店をやろうと決めてはいました。

それで自分の目標に近づく為に、どの店に身を置くべきかと色々調べ、食べ歩きましたね。

それであるお店に入ったんですよ。

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そこのお店、正直ご飯とかお酒とかあんまりだったんですけれど、雰囲気がよかったんです。

それでなんか「自分で色々変えたらスゴイいいお店になるんじゃないか」って思ったんですよね。

・・・で、お店を経営している会社に就職しました。飲食未経験でしたけれど(笑)

最初に与えられたフィールドは中目黒にできたカフェの責任者。

未経験の飲食業界・管理・全てやったことのない、誰も教えてくれない環境の中でなんとか自分なりに考え、

もう一人のキッチン担当社員と日々相談しながらなんとかお店を切り盛りした。

家に帰らず、働き抜く日々。

でも辛いとかそういうのは無かったですけどね。いろいろと自分で決められるっていうのが

あったんで。愉しかったですよね。

半年後に人事異動で、恵比寿のお店への移動を命じられる。

移動先での立場は副店長。

仕事はなんでもやった。

そこで初めてキッチン仕事も覚えた。

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経験を積み重ねる事に自分でお店をやるイメージが膨らむ。

このままこの仕事をしながらその夢を実現するには、時間的拘束が大きいし、なにより賃金が安すぎる。

飲食店を始める為にはまとまったお金が必要だ。資金を貯蓄する為に片桐さんは会社を退社することを決める。

会社の上司からも、周りの全ての人からも猛反対された。

「無理だ」「やめとけ」「お前の感じじゃできないよ」とか、

そこまで言わなくてもいいのにっていくらいに言われたけれど

何も響かなかったですよね(笑)だって僕の感じって、

僕のなにを貴方は知っているのかという話じゃないですか。

飲食から離れてもっとお金の稼げる仕事を見つければいい。と思っていたけれど、

たまたま凄く給料のいい青山のバーの店長の仕事を見つけた。

・・・ただそこは日本の暗闇が渦巻くような場所だった。

○PERTICA○

つづく